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2019.09.10
ドラマを演出する壮麗さ ラフマニノフピアノ協奏曲第2番
2014年に、ロシアのソチで開催された冬季オリンピック。
前日のショートで大きく出遅れていた浅田真央選手が、ラフマニノフのピアノ協奏曲で力強く舞ったフリーの演技は、順位を凌駕した感動を世界中に与えてくれました。
明るく無邪気な印象のあった浅田選手でしたが、荘重なラフマニノフの曲調は彼女の波乱に満ちた競技人生を象徴しているかのようで、彼女が流した涙とともに私たちの心に残ることになりました。
14歳で彗星のように登場した浅田選手をずっと見つめ続けた我々日本人にとっては、若さと才能にあふれた一日本人の人生を彩るBGMとして、ラフマニノフのピアノ協奏曲は完璧であったといえるかもしれません。
ラフマニノフの作曲家人生の転換点となったピアノ協奏曲
まるで大河ドラマのテーマ曲を思わせるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
第1楽章の冒頭から、壮大なロマンを感じさせてくれる曲です。ロシアの果てしない荒涼とした土地や、白い軍服の長身の貴族たちが集う宮殿が目に浮かぶような、そんなイマジネーションをかきたててくれます。
このピアノ協奏曲を作曲したセルゲイ・ラフマニノフは、1873年生まれ。貴族の家系であったラフマニノフは、長身の貴族的な風貌の男性でした。2メートルの長身に、ヴィルトゥオーゾにふさわしい大きな手の持ち主であり、彼自身が非常に熟練のピアノ演奏家であったと伝えられています。
ラフマニノフが、その生涯に作曲したピアノ協奏曲は全部で4つあります。第2番は、その中で最も人気のある楽曲であるにとどまらず、ピアノ協奏曲というカテゴリーにおいてもダントツの人気を誇ります。
若いころから、その才能を周囲にも認められていたラフマニノフですが、私生活の不幸や音楽家としての不振など、精神的に不安定になることも少なくありませんでした。ピアノ協奏曲第2番は、30歳になろうとしていたラフマニノフがこうした山あり谷ありの時代を乗り越えた末にたどり着いた、音楽家としての復活ののろしでもあったのです。とくに、その数年前に発表し酷評されたピアノ協奏曲第1番の苦い思いを土台に、第2番は作曲されたのです。
まず、第2楽章と第3楽章が先に完成し、名作の誉れ高い第1楽章も含めた協奏曲は、1901年10月27日にラフマニノフ自身がピアノのパートを演奏し、従兄弟のアレクサンドル・ジロティが指揮してモスクワにおいて披露されました。そして、不安定だった精神状態の回復に助力をしてくれた医師に、ラフマニノフはこの曲を捧げています。
また、このピアノ協奏曲には、こんな伝説も伝えられています。
ラフマニノフと同時代の音楽家レオニード・サバネーエフによれば、ピアノ協奏曲第2番第2楽章のメロディー部分の一部は、ラフマニノフの友人であったニキータ・モロゾフが作ったものであったそうです。ある日、そのメロディーを聴いたラフマニノフは「これは、私が作曲するべき音楽だ」とつぶやき、モロゾフもぜひそうすべきだと勧めたという言い伝えがあります。
ラフマニノフの4つの協奏曲
ラフマニノフのピアノ協奏曲は、第2番と並んで第3番も人気があります。
その理由のひとつに、映画『シャイン』の影響があることをあげる人は少なくありません。この映画は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番にとりつかれやがて心を狂わせていく実在のピアニストの人生を描いています。天才といわれた若者の心を占めるにふさわしいラフマニノフのピアノ協奏曲が、重要な役割を果たす映画『シャイン』。この映画は、第69回アカデミー主演男優賞を勝ち取り話題になりました。
第1番、第4番も、ラフマニノフらしいスケールの大きさが特徴ですが、第2番や3番のような冒頭から耳に残るようなインパクトには欠けるきらいがあります。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2・3番は、近年話題になった恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』に登場するほか、宮本輝さんの『田園発港行き自転車』の中でも熱く語られています。
マリリン・モンローとラフマニノフ?
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、実は映画やポップミュージックでも耳にしていることをご存知でしょうか。
まず、1975年に発表されたエリック・カルメンの『オール・バイ・マイセルフ』。1996年に、セリーヌ・ディオンによって格調高く歌われたこの曲には、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章が使用されています。1975年にエリック・カルメンがこの曲を発表した当時、カルメン自身は著作権には問題ないと確信していたそうです。ところが、のちにラフマニノフの遺族と著作権について話し合う結果になっています。
また、映画にもこの曲は数多く使用されました。
1945年のイギリス映画『逢びき』、1955年に発表されたマリリン・モンロー主演の『七年目の浮気』、2010年のクリント・イーストウッド監督作品『ヒアアフター』、アニメでは『のだめカンタービレ』の第11話、『FAIRY TAIL』などなど。また、フィギュアスケートの選手にも人気があるピアノ協奏曲2番は、浅田真央選手のほかにも伊藤みどり選手、高橋大輔選手、村主章枝選手も使用しています。ダイナミックな演技をする一流のスケート選手たちにとっては、王道ともいえる曲なのかもしれません。
ラフマニノフピアノ協奏曲第2番とピアニストたち
ラフマニノフのピアノ協奏曲は、クラシック音楽の中でも抜きんでた人気曲。そのため、そうそうたるピアニストたちが演奏しています。ちなみに、前述した浅田真央選手が演技で使用した盤は、ロシアの技巧派として有名なボリス・ベレゾフスキーといわれています。2013年には、辻井伸行さんが英国の伝統あるクラシックコンサート「BBCプロムス」でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏し、感銘を与えました。また、20世紀半ばまで命を全うしたラフマニノフ自身の演奏も、レコーディングされて残っています。日本でも人気のポーランド人ピアニストクリスティアン・ツィマーマンの明晰で豪快な演奏も、聴きごたえあり。逆に、少し繊細なラフマニノフを楽しみたい方にはノルウェーのレイフ・オヴェ・アンスネスなどはいかがでしょうか?
その曲とともに、それぞれのドラマを頭に描く
第1楽章の冒頭から、映画のサウンドトラックのような迫力の音が続いた後は、一転して第2楽章で心が洗われるような美しいメロディーを楽しめます。第3楽章では再び、ザ・クラシックという趣のダイナミックな演奏を飽きずに楽しむことができます。30代に突入しようとしていたラフマニノフの渾身の一曲であり、音楽家としての復活の第一歩にふさわしい若々しく大胆な音は、聴く人の胸にそれぞれのドラマを描かずしては聴けない魅力とパワーにあふれているのです。
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